生き方の自由度とは|齋藤哲学
What Is Freedom in One’s Way of Living?|SAITO Philosophy

 

 齋藤哲学における「生き方の自由度」とは、単に選択肢が多いことや、形式的に自己決定できることを意味するものではありません。

 それは、自らを含めたあらゆる存在に対して、どれほど畏敬と感謝の念を抱き得るかの度合いであり、その豊かさを通して、人生の生き方への肯定的な自己認識と他者認識が深まっていく可能性です。

 また、生き方の自由度とは、常に変容し続ける関係情報存在としての一人ひとりが、唯一無二の結節として関係世界の中に位置づけられ、その関係性において「より善き意味のある人生」が連続体として活性的に存在し得る可能性の度合いでもあります。

 

 生き方の自由度とは|齋藤哲学

 Structure of Freedom in One’s Way of Living in SAITO Philosophy

 この図は、齋藤哲学における「生き方の自由度」を、単なる自己決定や選択肢の多さとしてではなく、関係世界の中で「より善き意味のある人生」が活性的に存在し得る可能性の度合いとして示したものです。

 生き方の自由度は、自らを含めたあらゆる存在への畏敬と感謝を通して、肯定的な自己認識と他者認識を深める働きとして理解されます。人は孤立した個ではなく、常に変容し続ける関係情報存在として、唯一無二の結節をなしています。その関係性の中で、ご本人にとって意味ある人生が創発し続ける可能性が、生き方の自由度として開かれます。

 介護福祉実践においては、生き方の自由度を支えることは、ご本人の尊厳を守り、意味と可能性を見いだし、支える側と支えられる側が共に生きる関係を育むことを意味します。この実践は、希望論・救済論・未来論へと開かれ、未来論における「尊さは等しく、応答は異なる。」という原理へ接続していきます。

 This diagram presents “freedom in one’s way of living” in SAITO Philosophy not merely as self-determination or the abundance of choices, but as the degree to which a more meaningful and better life can remain actively and creatively possible within the relational world.

 Freedom in one’s way of living is understood as a movement through which reverence and gratitude toward all existence, including oneself, deepen affirmative self-recognition and the recognition of others. Human beings are not isolated individuals. Rather, each person is a unique relational nexus within an ever-transforming relational informational existence. Within such relationality, the possibility that a meaningful life for the person concerned continues to emerge is opened as freedom in one’s way of living.

 In care welfare practice, supporting this freedom means protecting the dignity of the person concerned, discovering meaning and possibility, and nurturing a relationship in which those who support and those who are supported live together. This practice opens toward the philosophy of hope, soteriology, and future studies, and is connected with the principle in Future Studies: “The preciousness of all existence is equal; the response it calls for differs.”

 

 1.単なる自己決定との違い

 生き方の自由度は、単なる自己決定能力や選択肢の多さとは異なります。

 人は、身体、記憶、生活史、他者、環境、制度、社会、宇宙との関係の中で生きています。そのため、人の生き方は、孤立した個人の意思だけによって成り立つものではありません。

 もちろん、ご本人の意思や選択は尊重されなければなりません。

 しかし、齋藤哲学において重要なのは、その意思や選択が、どのような関係世界の中で現れ、どのような意味を持ち、どのように支えられ得るのかを理解することです。

 したがって、生き方の自由度とは、ご本人が孤立した自己決定を行う自由ではなく、関係の中で自らの存在の意味を見いだし、より善き方向へ生き方を創発していく自由度です。

 

 2.関係情報存在論における位置づけ

 関係情報存在論において、人間は孤立した実体ではなく、関係する情報の創発過程として存在します。

 一人ひとりのご本人は、身体、記憶、生活史、他者とのかかわり、環境、社会制度、さらには宇宙的関係世界の中で、唯一無二の結節として現れます。

 このとき、生き方の自由度とは、その唯一無二の結節が、閉ざされることなく、関係世界の中で新たな意味を生成し続けることができる可能性です。

 それは、単に「できること」が増えることではありません。

 むしろ、ご本人が、自らの人生を「意味あるもの」として受けとめ、他者や世界との関係の中で、なお「より善く生き得る」と感じられる可能性の広がりです。

 

 3.畏敬と感謝との関係

 齋藤哲学において、生き方の自由度は、畏敬と感謝と深く結びついています。

 畏敬とは、存在の深みに対する根源的な応答です。

 感謝とは、自分が孤立して存在しているのではなく、数えきれない関係に支えられ、受け継がれ、生かされていることへの応答です。

 自らを含めたあらゆる存在に対して、畏敬と感謝の念を抱き得るとき、人は自己を単なる欠損や限界としてではなく、関係の中で意味を持つ存在として受けとめることができます。

 また、他者を単なる支援対象、管理対象、能力評価の対象としてではなく、唯一無二の関係情報存在として受けとめることができます。

 この意味で、生き方の自由度は、肯定的な自己認識と他者認識を深める存在論的・倫理的な自由度です。

 

 4.介護福祉実践における意味

 介護福祉実践において、生き方の自由度を支えるとは、ご本人に代わって生き方を決めることではありません。

 また、単に生活支援や健康管理を行うことにとどまるものでもありません。

 それは、ご本人がすでに有している尊厳が損なわれることなく、自らにとって「よりよい私らしい」人生の意味を見いだし、表し、関係の中で生き続けられるよう支える実践です。

 そのためには、ご本人の言葉だけでなく、沈黙、拒否、怒り、悲しみ、喜び、記憶、生活歴、好み、願い、関係世界を、意味ある表現として受けとめる必要があります。

 生き方の自由度を支える介護福祉実践とは、ご本人の人生を管理する実践ではなく、ご本人の関係世界が再び開かれ、「より善き意味のある人生」が創発し得るように支える実践です。

 

 5.公理系・証明体系との関係

 生き方の自由度は、齋藤哲学における中心概念ですが、これを直ちに新たな第20公理として追加する必要はありません。

 むしろ、生き方の自由度は、公理4「開放性公理」、公理6「可能性条件公理」、公理10「尊厳公理」、公理13「ケア公理」、公理14「介護福祉公理」、公理17「愛公理」、公理18「畏敬公理」、公理19「宇宙的ケア存在論公理」などを貫いて現れる中心的命題として理解されます。

 また、証明体系においては、橋渡し原理2「自由度支援原理」を通して、介護福祉実践へと接続されます。

 したがって、生き方の自由度とは、関係情報存在論の内部から導かれ、介護福祉実践において具体化される、尊厳支援の中心概念です。

 公理系|齋藤哲学

 証明体系|齋藤哲学

 

 6.生き方の自由度の公理的命題

 以上を踏まえるなら、生き方の自由度は、次のような公理的命題として整理できます。

 生き方の自由度とは、関係情報存在としてのご本人が、自らを含めたあらゆる存在への畏敬と感謝を通して、肯定的な自己認識と他者認識を深め、関係世界の中で「より善き意味のある人生」を連続体として創発し得る可能性の度合いである。

 この命題は、独立した新公理というより、齋藤哲学の複数の公理と定理を貫いて現れる中心的な実践命題です。

 

 7希望・救済・未来論への展開

 生き方の自由度は、希望論と深く結びついています。

 希望とは、苦しみや喪失が完全に消えることではありません。

 むしろ、閉塞した関係世界の中にあってなお、新たな意味、選択可能性、関係可能性、生き方の自由度が創発し得ることです。

 また、救済とは、苦しみから単に逃れることではなく、苦しみや喪失が、感謝、共生、意味、希望へと開かれていく多層的な創発過程です。

 この意味で、生き方の自由度は、希望論と救済論を介して、未来論へと開かれていきます。

 未来論において示される「尊さは等しく、応答は異なる。」という原理は、生き方の自由度の未来的展開でもあります。

 あらゆる存在の尊さは等しく肯定されます。

 しかし、それぞれの存在に対する応答は、その存在様式、関係のあり方、意味の現れ方に応じて異なります。

 生き方の自由度を支えるとは、その違いを尊重しながら、あらゆる存在が関係世界の中で意味を創発し得るように応答することでもあります。

 希望論|齋藤哲学

 救済論|齋藤哲学

 未来論|齋藤哲学

 

 結語

 齋藤哲学における生き方の自由度とは、単なる自由意思、自己決定能力、選択肢の多さを意味するものではありません。

 それは、自らを含めたあらゆる存在に対して畏敬と感謝の念を抱き得る自由度であり、その豊かさを通して、肯定的な自己認識と他者認識を深めていく可能性です。

 また、それは、常に変容し続ける関係情報存在としての一人ひとりが、唯一無二の結節として関係世界の中に位置づけられ、「より善き意味のある人生」を連続体として活性的に創発し得る可能性の度合いです。

 したがって、生き方の自由度を支える介護福祉実践とは、ご本人を単なる支援や管理の対象として扱うことではなく、ご本人がすでに有している尊厳を損なうことなく、関係世界の中で意味ある人生を生き続けられるよう支える存在論的・倫理的実践です。

 そして、この実践は、未来論における「尊さは等しく、応答は異なる。」という原理へと開かれていきます。

 ※具体的な支援モデルについては、 生き方の自由度と関係支援モデル|齋藤哲学 を参照。

齋藤代彦
Shirohiko Saito
 
 
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キーワード
齋藤哲学、SAITO Philosophy、関係情報存在論、Relational Informational Ontology、介護福祉哲学、Philosophy of Care Welfare、ご本人の尊厳、生き方の自由度、共存共栄、肯定的理解
 

著者について

齋藤代彦は、介護福祉職としての実践経験と、介護福祉士を養成する専門学校・短期大学・大学における24年間の教員経験を基盤に、関係情報存在論を中核とする「齋藤哲学」を体系化し、関係情報存在論としての介護福祉哲学を公開・研究している独立研究者です。

1958年(昭和33年)生まれ。
社会福祉士・介護福祉士。
満66歳となった年度末に教員生活から引退しました。

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